Tari Ito & Swing MASA


by RubberTit

<   2007年 02月 ( 7 )   > この月の画像一覧

Rubber Tit / パフォーマンスに向けて
- Meaning of Being Myself with "Don't Kill" -       by Swing MASA

「私」であることの意味と「Don't Kill(私のJazz Message)」
-反動保守化していく時代の中で埋没していく、「私」の回復を求めて-

「私」って、いったい何者なんだろう?
 9、11の事件があったとき、私は、NYのハーレムの自宅にいた。近所のグロサリーであのショッキングな映像をみた。事件の真相が何なのか、知りたくて、連日友達の家にある、テレビにかじりついていた。テレビ放送も、この事件以外の事は、バラエティも、コマーシャルもすべてカットで、放送していた。3日間見るうちに、私は、かなり怖くなってきた。何が怖くなったかというと、さも世の中のすべての人々がアメリカの報復戦争に賛成しているかのような、メディアのマインドコントロールがあったからだ。戦争は、嫌だという率直な気持ちすら、表現するのが難しいくらい、テレビのマインドコントロールに怖れている「私」がいた。
それから、テレビをみるのをやめた。

「私」って、いったい何者なんだろう。
わからない。だけど、これだけは、いえる。
どんな時代であろうと、どんな事が目の前で起ころうと、いついかなるときも、
私は、Swing MASAの人生を引き受けた人であるということ。
なぜなら、「私」は、彼女の人生の始まりから終わりまで、つきあう、唯一のひとだから

「私」って、何者なんだろう
ある朝、私の中で、泣いていた幼い頃の「私」ー「マーちゃん」を見つけた。
なんで泣いてるのかと訪ねたら、「マーちゃん」は、「いつもMASAに、怒られて、怖い」と。。。。。
私は、「私の中にいた、幼い頃の「マーちゃん」を愛おしく思った。かわいそうに。。。
私は、「私」に少しも、親切じゃなかったし、やさしくなかった。結果を出す事ばかり気にして。
そして、今、「私」は、正義の戦争におびえている。戦争は嫌だ!!

「私」って、何者なんだろう?
事件から、5年程経った今、人々は、9、11の事件が、何故起こったのか理解し始めている。
世界中の人々がもっとも、怖れているのは、9、11の事件そのものではなくて、
事件以降のアメリカの『正義』の戦争に、おそれおののいているのである。
アメリカの星条旗と日本の日の丸が、「私」の心の平和を浸食している。

「私」って何ものなんだろう?
40歳をすぎてから、決めたことがある

失敗した、「私」を責めないと
できなかった「私」を許してやると
この「私」というどうしようもない臆病者のナルシストをもう少し理解してやると
私のすべてを、「私」が引き受け、愛し、私のベストフレンドに、「私」がなってやるのだと
「私」を愛し、尊敬し、大切にしてやると
そして、少しばかりの、Swing MASAの自己表現の勇気を、応援してやると
「私」の、一番の理解者に、私がなってやると
「私」の成長や、幸せが、実現されなくても、「私」を愛すると
人が「私」につらくあたっても、いつも、私は「私」見方で、最後まで、「私」を見捨てないと
そして、残された、私の人生を共にすごしたいと思えるような「私」になると
「私」の心の声に耳を傾けながら、「私」のリズムとテンポで、歩いていくと
勇気は、ほんの少しでいい。
少しでいいけど、表現することを、忘れないでいよう。
「私」が、「私」であるために

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私と、セクシュアリティー; 性的呪縛からの自由
私は、相手の性にこだわらず、人を好きになる
私の性的体験の歴史;昔は、すり込みで、ヘテロしか知らなかったから、ヘテロだったが、それから、気がついたら、レズビアンになっていた。ずっと、男には、興味がないが、男男した人も女女した人も苦手。
私に取って恋愛とは、相手が女性であるか、男性であるかというよりも、いかにその人間関係を構築していけるかという事である。カウンセリングを受けながら、「私」という人間に、興味をもち、このままならない「私」といかにつきあうか悪戦苦闘し、最近は、結構、仲良くなってきた。15年くらい、シングルライフを楽しんできた。
私のセクシャリティって、どうやら、Swing MASAを演奏することかな??そんな感じ。
Homophobiaとは、闘っていきたい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
演奏ー自己実現の瞬間ー至福のとき
[PR]
by rubbertit | 2007-02-19 00:28 | Performanceに向けてのメモ

Rebber Tit by Tari Ito

Rebber Tit by Tari Ito

 1996年の作品の中でカミングアウトした「自画像」、'98年の家族との関係をあつかった「Me Being Me」、2001年の「恐れはどこにある」、'04年の「虹色の人々」と名付けたそれらのパフォーマンス作品は、社会に存在するホモフォビアを言及したものだ。90年代に入ってフェミニストたちがセクシュアリティに関心を寄せた流れの中で、私のパフォーマンスは反響を得、かなりの回数の公演を行なうことが出来た。その経緯を通して、私は自分をアイデンティファイする道筋を探って来れたと思っている。
 長年のフェミニストたちの努力の上に、私は私を重ねあわせて、レズビアンとして生きる勇気をもらってきたと認識している。
  しかし、現実的生活において、自分を鼓舞してもままならないことばかりであることに直面し続けているのには変わりがない。とりわけ、レズビアンは強固な日本社会のセクシズムとの闘いも続けなければならないのだ。
 9.11以降事態はフェミニズムへのバックラッシュに向かわせ、最近ではジェンダーバッシングにともない、セクシュアルマイノリティへの風当たりも強くなっている。政府はナショナリズムを擁護する方向へ舵をきった。
日本の伝統への回帰を促し、愛国心を強調するプロパガンダが横行している。そこに現れる言葉を聞く度に人権が奪われ、自分で自己を決定することを許されなかった記憶が呼び起こされる。最近、天皇家お世継ぎ問題にみられた皇室の女性に対する人権無視の対応は、日本において人権についてまともに語られることはないと思わせるものであった。
 また、パフォーマンスで使用している映像に出てくる石原東京都知事と記者との対話に
ホモフォビアによる殺人事件のことが出てくる。ところが、その事件から6年を経て、最近ふたたびゲイの人が同じ公園で襲われるという事件が起きた。「ゲイなら警察に訴えないだろうから、やってしまえと思った」と犯罪を犯した少年は証言したそうだ。
 私はこのような状況の中で今、「恐れはどこにある2006年度版」をどのように表現するのかが問われている。
 レズビアンであることの負なる状況を訴えても、あるいは一般の異性愛者たちに事実はこうなんだと訴えても、結局は無視される感覚から脱却できない。ならば、ポジティブに
おおらかに巨大なrubberのオッパイとたわむれることを選ぶ。思い切り私のセクシャルファンタジーの夢を追うことを選ぶ。オッパイという危険な普遍性を帯びた身体の一部を
持ち出すことにした。オッパイがだれもがその個人的な思いをぶつける事が出来るいたって政治的な物であることを自覚して。
 パフォーマンスに使われる映像で、尾辻さんが日本の差別は「問題にふれないし、さわらない」という態度によって増長されていると言っている。その感覚を寛容ととらえるのか、それが日本人の文化なのだからと言ってあきらめるのか、私はどちらの考えとも組みすることはしない。
[PR]
by RubberTit | 2007-02-16 05:37 | Rubber Tit /Japanese

Swing MASA

Swing MASA Jazz Saxophone & Voice / Feminist / Pacifist

中学入学と同時に吹奏楽部でサックスを吹き始める。
 高校時代、John .ColtraneのMy Favorite Thingsを聞いて大きなインパクトを受けたことがきっかけとなり、Jazzへと傾倒してゆく。またこの時期から、種々の社会矛盾に強い憤りを感じる自己を意識するようになる。
 1979年頃からウーマンリブの洗礼を受け、それまで自分が見たことがなかった、女性のジャズサックス奏者を目指すことを決心する。
 様々なバンドでの活動を経た後、1987年、友人、支援者の出資金でJazz修行のためNew Yorkへと渡り、そこで様々なJazz体験をかさねる。
 1992年、Michigan Womyns’Music Festivalに出演。以来、数々のウーマンズ・ミュージック・フェスティバル、コンサート、Jazzクラブ等に出演する。またこの年から、  年1,2回のペースで帰国、日本においてDon`t Killというテーマでコンサートツアーを行っている。
 1996年、New School University Jazz & Contemporaryを卒業(BFA)。在学中、Reggie Workman, Bross Townsendらに師事する。
 1997年、当時出演していたJazzクラブであるBirdlandのサポートによりアーティストビザを取得。
 1999年、演奏活動の実績が認められ、Jazz Saxophone Playerとして、グリーンカード(アメリカ合衆国永住権)を取得。
 2001年、大阪府よりプリムラ奨励賞を受賞。
 2003年3月、企画、運営、出演、観客すべてを女性のみでおこなうInternational Womyns` Jazz Festivalをプロデュースし、大阪府ドーンセンターで開催。

 New York、Harlem在住。アメリカと日本を行ったり来たりしながら演奏活動を続け、現在に至る。

これまでに共演した著名なアーティスト(敬称略)
Dennis Charles(ds), Zane Massey(ts), Ricky Ford(ts), Arnie Lawrence(as),
Bross Townsend(p), Cecil Monroe(ds), Calvin Jones(b), Ms Miche(vo),
Suhir Blackeagle(vo), Ubaka Hill (perc) 秋吉敏子(p), 那須シズノ(dance), 坂口登(絵),
山賀清春(絵),
大塚まさじ、佐渡山豊、三上寛、etc.

 ディスコグラフィー
「明けの星を見上げて」(1995年発表)
「Swing MASA Band」( July 16, 1998 in Sorcer Sound New York City, 1998年発表)

d0107066_5325451.jpg

[PR]
by RubberTit | 2007-02-16 05:23 | Swing MASA/プロフィール

イトー・ターリ

イトー・ターリ

東京生まれ・在住。'82年から4年間オランダで活動した後、90年頃から
フェミニズムの視点で作品を創りはじめる。'95年ウィメンズアートネット
ワーク(WAN)を設立し、2002年まで「越境する女たち」展、日韓アーティ
スト交流ツアーなどを手がけた。2003年からは多目的使用のPA/F SPACEを
運営、セクシュアルマイノリティのエンパワメント活動にも力を注いでいる。
「恐れはどこにある2006」、「あなたをわすれないー金順徳へのオマージュ」
を展開中。

E-Mail; tari@gol.com
http://www.pafspace.com/tari/index.html

d0107066_5141977.jpg

[PR]
by RubberTit | 2007-02-16 05:15 | イトーターリ/プロフィール

Rubber Tit by Tari Ito

Rubber Tit By Tari Ito

My past works of performance art, which include “Self Portrait”, my coming-out piece (1996); “Me Being Me”, a work dealing with the relationship between myself and my family (1998); “Where is the Fear?” (2001); and “People in Rainbow Colors” (2004), all touch upon the existence of homophobia within society. These shows had a particularly strong impact given the fact that feminists had begun to deal with the matter of sexuality in the early 1990’s, and as such I was invited to give a considerable number of performances. Through this process, I was also able to embark upon the path of my own personal identification.

I am well aware of the fact that my ability to find the courage to live as a lesbian has been intertwined with the tireless work of feminists over the course of many years. The fact has not changed, however, that I still continue to confront hardships within the course of my everyday life. As a result, it is absolutely clear to me that lesbians have no choice but to continue the fight against the existence of sexism within the rigidity that characterizes Japanese society.

Since the incident of September 11, 2001, there has been a considerable backlash in Japan against feminism—as well as an additional recent trend of gender-bashing—that has caused sexual minorities in our country to come under a severe amount of pressure. The government has also begun steering toward a stance of protectionist nationalism, which has resulted in a trend toward returning to traditional Japanese ideals, as well as the rampant use of patriotic propaganda.

This situation has resulted in a series of official statements being made that are openly offensive toward human rights, and these utterances have also tended to bring up my own personal memories of the time when individuals’ self-determination was completely forbidden in our society. Recent conversations in Japan about the issue of succession to the emperor’s throne have additionally made it clear that the imperial household is completely oblivious to the existence of women’s human rights, and that the issue of human rights more generally has yet to be seriously addressed in Japan at all.

My performance includes a scene showing a conversation between Tokyo Governor Shintaro Ishihara and a reporter discussing a homophobia-related murder that occurred six years ago. Unfortunately, there has also been another incident of a gay man recently being attacked in the very same park. When the youth who committed the more recent crime gave his testimony, he was apparently quoted as saying “I did it because I figured the case wouldn’t even be brought to the police if the victim was a gay person.”

My piece titled “Where is the Fear? (2006 Version)” brings up the challenging matter of how one may react in the midst of these political and social trends. In reality, it is impossible to get away from the feeling that no matter how loudly we lesbians protest against the difficult social conditions that confront us—or no matter how many times we try to explain this situation to heterosexuals—we just seem to be ignored. Given this reality, I have chosen to communicate this message in a positive and natural way through playing with giant rubber breasts, which is my ultimate sexual fantasy. By bringing forth a pair of breasts, those dangerously universal body parts, I intend to draw attention to that which we all have a personal connection with—as well as a political one.

Another image used in my performance is of Kanako Otsuji, an assemblywoman from Osaka who recently came out as a lesbian, who comments that discrimination in Japan is conducted and perpetuated through the avoidance of specific issues. This is a situation that I am not willing to tolerate, however—and nor am I willing to simply dismiss it on the basis of this being a part of Japanese culture.
[PR]
by RubberTit | 2007-02-16 03:37 | Rubber Tit

Swing MASA

Swing MASA Jazz Saxophone & Voice / Feminist/Pacifist

MASA is a saxophonist & vocalist actively performing in Japan and the U.S.
Born and raised on Osaka, she started playing saxophone at age 12 and taking private lessons at 15.
After studying performing art at Osaka University of Art, she came to New York City to study saxophone at New School University under the guidance of Reggie Workman.
After receiving BFA, she has performed at Birdland in New York City, Michigan Womyn’s Music Festival, Cherry Blossom Festival at (name), the St. Peter’s Church in New York City, and Harajuku Quest Hall in Tokyo, Suginami Civic Hall, Kawachinagano Civic Hall, Tondabayashi Civic Hall, Fukuyama Civic Hall, Moriguchi Civic Hall in Osaka, and Dawn Center Hall in Osaka.
She has collaborated with a number of prominent artists, including Dennis Charles, Zane Massey, Ricky Ford, Bross Townsend, Cecil Monrro, Kuni Mikami, Satoshi Inoue, Suhir Blackeagel, Miche Braden, Ubaka Hill, Tishiko Akiyoshi, Masaji Otsuka, Yutaka Sadoyama, Kan Mikami, painter Susumu Sakaguchi, and dancer Shizuno Nasu.
She has recorded two CDs, “Akeno Hoshi o Miagete/Looking up at the morning star” and “Swing MASA Band” and appears as a guest musician for the recordings of Masaji Otsuka, Yutaka Sadoyama , Ubaka Hill, and Suhir Blackeagel.
She lives in New York City and travels extensively throughout Japan and the U.S.

E-Mail; swingmasa@aol.com
http://www.swingmasa.com

d0107066_3183851.jpg

[PR]
by RubberTit | 2007-02-16 03:20 | Swing MASA/profile
Tari Ito Performance Artist / Feminist 

Ito was born and raised in Tokyo. She spent four years performing in Holland beginning in 1982, and began integrating elements of feminism into her work around 1990. She founded the Women’s Art Network (WAN) in 1995, and between this year and 2002, she held an exhibition titled "Women Breaking Boundaries 21" and also organized a collaborative tour between Japanese and Korean artists. She began managing a multipurpose studio titled “PA/F Space” in 2003, and continues to spearhead projects aimed at the empowerment of sexual minorities. Her present works include “Where is the Fear? (2006 Version)” and “I Will Not Forget You: Homage to Kim Sundok. “

E-Mail; tari@gol.com
http://www.pafspace.com/tari/index.html

d0107066_3123154.jpg

[PR]
by RubberTit | 2007-02-16 03:12 | Tari Ito/profile